墨家について

次の墨家は儒家の差別愛を批判し、「兼愛」「非攻」「尚賢」を唱え、新たな社会集団、平等主義を掲げた。下層、技術者集団の巨子集団で「庶」主体の小都市防衛を目指した。

この後、秦の政策にも影響を及ぼす法家は、新たな君臣関係を築く事となる。これまでの血縁関係から能力主義へ転換していく。

秦に入って、商鞅の変法によって法令順守・一元的支配・信賞必罰の性格がより具体化されていく。

さらに商鞅の法体系では、『商君書』の中に法が成文化され、公開性を持つものとなっていく。

これは始皇帝時代に作られたものであり、身分に無関係の罪刑法定主義であり、法の絶対性を表している。

春秋戦国の社会変化をまとめると、鉄製農具と牛犂耕によって生産力が向上し、余剰生産物・手工業、商品生産が発達した。

そうすると余剰人口が生まれ、それらは都市を作り商業流通を潤滑にし、貨幣経済の基盤となった。

個別人身支配となり、税糧を直接徴収する必要が生じたため、戸籍が整備される。